瑠璃のかなたに

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ミラノ

イタリア入りはミラノからでした。8月15日中部国際空港からヘルシンキで乗り継いで、ミラノ(マリペンサ空港)へ着いたのは18時05分。すぐホテルへ直行し、翌日ミラノ市内を観光。ミラノ市民はバカンスへ行ってしまってミラノの街は日頃の雑踏がなく、予定の観光ルートを予定どうり回ることが出来幸いでした。


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           イビス チェントロ ホテル (ミラノ)(2009・8・16)



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           ドゥオモ(ミラノ)(2009・8・16)



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        ヴィットーレ エマヌエーレ2世のガッレリア(入り口付近)(2009・8・16)



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           ヴィットーレ エマヌエーレ2世のガッレリア(中央部)(2009・8・16)

 
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           スカラ広場(2009・8・16)



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           スカラ座正面(2009・8・16)



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           スカラ座ロビー プッチー二の像(2009・8・16)



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           スカラ座ロビー トスカニーニの像(2009・8・16)



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           スカラ座 マノンレスコーの衣装展示室 (2009・8・16)
           


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           サンタ マリア デッレ教会
           右側の赤みを帯びた建物がサンタ マリア デッレ教会
           教会正面の左横の建物の中に「最後の晩餐」が展示


須賀敦子の名前は、半年ばかり前にはじめて知ったのですが、今、彼女の全集を図書館で借りて夢中で読んでいるところです。須賀敦子(1929年1月19日 - 1998年3月20日 聖心女子大教授)は20代前半に2年間フランスに留学中、夏休みにジェノバで、イタリア語の夏期講座でイタリア語を学び、イタリアに心酔、一旦帰国の後20代後半に再びイタリアに留学、イタリア滞在中にイタリア文学に造詣のあるイタリア人ジュゼッペ・リッカと結婚。夫の早すぎる死までの5年半の間に夫とともに日本文学をイタリア語に翻訳して出版、帰国後はイタリア文学を日本語に翻訳して世に出し相互の文化交流に貢献。晩年には随筆家として活躍した人です。結婚生活の基盤はミラノでミラノについての印象深い著述が多くあります。

ミラノは、霧深い事で有名なイギリスでさえ比較にならないほどの霧の多い街だそうです。いきなりすぐ前を走る車が見えなくなってしまうほどだそうです。霧と言うよりはまるで前方に土手が立ちふさがったようだとか。私たちがミラノを訪れたのは夏の真っ盛りでしたが、冬のミラノを想像しながら、より親しみ深い散策ができたと思います。
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by pypiko | 2009-08-31 10:02 | イタリア旅行

フィレンツェ ヴェッキオ橋

2008年はジャコモ・プチー二の生誕150年にあたりハイビジョンテレビでも2007年12月23日まるごプチー二~生誕150年記念と題して、一日かけて①トーランドット②トスカと蝶々夫人③ジャンニ・スキッキとラ・ボエームと3部に分けて放送していたのを録画してDVDに取り込んでありますので時々繰り返してみています。その中のジャン二・スキッキの中でジャンニ・スキッキの娘ラウレッタが歌う「私のお父さん」がとても印象的でした。

 歌劇(ジャンニ・スキッキ)から

   (私のお父さん) (O! mio babbino caro.)

   おお! 私のやさしいお父さま、
     私はあの人がすきなのよ、とても
     すてきな人なのよ。
   私はポルタ・ロッサへ
   指輪を買いに行きたいの!
   そして私の恋が、もしむなしいものなら
   私はポンテ・ヴェッキオに行って
   アルノ河の流れに身を投げますわ!
   私は悩んでいます、苦しんでいます!
   おお、神さま、死にとうございます。
   お父さま、お願いですから、
   お願いですから!

フィレンツェでヴェッキオ橋を見て来ました。イタリア旅行最後の夜ローマでのカンツォーネディナーショウでの演目の一つとしてこの歌が歌われていたのに感激しました。


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        ヴェッキオ橋(2009・08・19)


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    ヴェッキオ橋からアルノ河を望む(2009・08・19)
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by pypiko | 2009-08-30 09:56 | イタリア旅行

イタリア旅行

はじめに

夫が亡くなったのは昨年2008年の3月18日でしたから、早いもので、もう1年半が経ってしまいました。夫はS11年3月30日生まれの早生まれで、私はS12年9月3日生まれなので2学年違いで私の方が1歳半年下です。8月25日現在、夫の生年を追い越してしまいました。2人の息子は巣立って遠方で暮らしていますので、いざとなったら駆けつけてくれるにしても、夫に先立たれた今は一人暮らしです。家事と仕事に明け暮れる日々を送ってきましたので、寂しさもあるとはいえ、時の経過とともにそれも和らぎ、これからは、あまり多く残されていない全ての時間を自分の思いのままに、自由に割り振れるのはありがたいと思っています。

夫が仕事を辞めてこれから二人で第二の人生を旅立とうと言うとき、非情にも癌に冒され1年半の経過で去っていってしまいました。それでもその短い間に私たちは八回も外国旅行が出来ました。そのうち五回はギリシャ旅行でした。夫はそれまで海外旅行は一度もしていませんでしたし、私は26年前に一度だけ10日間のドイツ旅行の経験があるのみでした。

ギリシャへは、通り一遍の観光ルートにとどまらずレンタカーでの日本人のあまり訪れないイオニア諸島やペロポネソス半島の南端まで行ったりしました。エーゲ海の島々もクレタ島も見ました。肺癌患者の夫がクレタ島の海岸から、イオニア諸島の一つコルフ島の海岸から、エーゲ海とイオニア海で泳いだのですから立派です。

私と夫はともに医者でしたので忙しい仕事の空き時間を使って、大学の科目外履修生の制度を利用して若い学生に混じって古代ギリシャ語やヘブライ語の勉強をしたりしながら、地中海世界の歴史や文化に触れてきましたので、夫が生きていれば今度はイタリア旅行をするはずでした。

私は夫が亡くなって早い時期にイタリアへ行くことに決めました。そのために昨年5月から中断していたイタリア語を習い始めました。今年4月からは初級講座に加えてイタリア語上級講座を2箇所の教育機関で受けています。塩野七生さんのローマ人の物語、須賀敦子さんの全集は私の今の愛読書です。

という事で念願のイタリア旅行、まずはJTBの「旅物語」企画の「憧れのイタリア旅周遊9日間」に参加しました。メンバー15人のうち、ペアー-やグループで参加なさっていらっしゃった14人の方々に混じって、一人参加は私だけでした。最高齢で虚弱体質の私が最後まで旅を無事に終えることが出来るかどうか危惧していましたが皆さんに助けていただきながら楽しく旅をし終えることができとてもうれしく思いました。
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by pypiko | 2009-08-26 07:43 | イタリア旅行