瑠璃のかなたに

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田中秀央著 初等ラテン語読本より(34-2)

トロヤの海岸からわずかの距離を前進したところで、突然どの船も航路を保つことができないほどの嵐が起こった。したがって各船は別々の方向に分かれて行った。さてオデッセウス自身が運ばれた船は、正午ごろに出港し10日目にリビアの海岸に到着した。

オデッセウスは水際まで船を進ませて、仲間のもの若干名を上陸させ、この土地の様子を探らせた。彼らは命令された事柄を行うつもりでいた。しかし泉のある場所を訪ね歩いている間に住民の中のある人々にあって、彼らの接待を受けた。そこで驚くべきある種の果実からとられる蓮と称する食べ物をごちそうになった。ギリシア人たちはその食べ物を味わって直ちに祖国や仲間をわすれて元気になった。彼らはこの好ましい食べ物を永久に食べるためにこの土地にとどまるつもりだった。


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by pypiko | 2016-08-22 17:47 | オデッセウス

伊作文 初等ラテン語読本より(34-1)

Ulisse
Si sa bene che la città di Troia era circondata per dieci anni dai greci.

Perchè si parla questa cosa in Iliad scritto da Homer, ilpiù famoso poeta in antica Grecia.

Quando Troia cadde finalmente per la trama di Ulisse, i greciche erano esaurito da guerra lunga affrettò il ritorno in Grecia.

Tutti finirono preparazioni verso partenza, ed le navi furonotirati giù dal porto. Poi loro partirono per patria con grande gioia quando lenavi avevano prese un vento favorevole.

C'era Ulisse tra i Re di greco.

Ulisse era un uomo del più buon coraggio ed un uomo conla saggezza, e alcuni dicevano che lui era un uomo molto scaltro.

Si dice che Troia rovinò dal suo stratagemma.

Lui possedeva un regno, cioè l'isola di Itaka.

Lui spese il tempo lungo di dieci anni in Troia come un’esule.

Ora il suo cuore bruciava nel grande desiderio di rivederela sua patria e sua moglie.


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by pypiko | 2016-08-21 17:17 | 語学

田中秀央著 初等ラテン語読本より(34ー1)

オデッセウス

トロヤの町がギリシア人によって10年間包囲されていたことはよく知られている。なぜならこの戦争(トロヤ戦争)についてはギリシアの詩人の中でもっとも偉大な詩人ホメロスが書いたもっとも有名な作品イリアスの中で語られているからである。

ついにオデッセウスの謀ごとのためにトロヤが陥落すると長い戦争で疲れ果てたギリシア人たちはギリシアへの帰還を急いだ。すべてのものが出発に向かって準備を終え、船が港に下ろされ、船が順風をとらえると大きな喜びの中で出帆した。

ギリシア人の王たちの中にオデッセウスがいた。オデッセウスは最高の勇気と英知を持った男であり、またあるものは悪だくみにたけていたといっている。彼の策謀によりトロヤは滅亡したことが知られている。

彼は王国、イタカ島を所有していた。そして少しのギリシア人を残して他のギリシア人とともに戦争に出発した。オデッセウスはこのすこし前にとても美しい少女ペネロペを娶っていた。

かくしてあたかも追放のような10年もの長い年月を費やしてしまった。今や彼は祖国と妻を見ることの大きな願望に心が燃える思いだった。


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by pypiko | 2016-08-15 18:22 | オデッセウス

伊作文 初等ラテン語読本より(33)

Britania

Secondo la memoria, nella regione interna di Britania, le persone che erano venuto da fuori ed avevano scaccato fuori i nativi dell’isola abitavano.

Nella parte vicino a spiaggia le persone che era attraversato il mare da Belgio inseguendo preda e guerra abitavano.

La maggior parte di gruppi era chiamata con il nome del paese da cui venne.

Là era pieno di molti uomini di varie razze, quasi tutti di edifici come lo stile di Garia, un gran numero di pecora.

Un anello di rame e ferro era usato per misurare il peso di cosa usato come soldi.

Il piombo era prodotto nella ragione interno, ed il ferro era prodotto nella ragione dispiaggia.

Ma la quantità era poca. Perciò, in generale, il rame portato da fuori era usato per utilità.

I generi del legno a Britannia erano simile a Garia ecetto il faggio e l’abete.

Si pensava che non fosse giusto manggiare un coniglio, una gallina ed un’oca.

Comunque, li allevavano per piacere.

La terra era più calma di Garia generalmente.


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by pypiko | 2016-08-11 18:23 | 語学

田中秀央著 初等ラテン語読本より(33)

ブリタニア
ブリタニアの内陸部は記憶によると島で生まれたものを追い出したと言われている人々によって住まわれていた。
海岸に近い部分は持ち込まれた獲物と戦争が原因で、ベルギーから海を渡ってやってきた人々によって住まわれていた。そこには無数の人間、多様な人種、ほとんどがガリア風の類似の建物、多数の羊があふれていた。そこでは白い鉛が内陸部に産出され、海岸地方では鉄が産出された。しかしその量はわずかであり、ほとんどのものは運び込まれた銅が使用されていた。木材の種類はブナの木、もみの木を除いてガリヤと同様である。ウサギ、雌鶏、鵞鳥を味わうことは正当とみなされなかった。

しかしそれらを楽しみのために飼育されていた。その地は寒さの緩んだガリアよりも穏やかであった。


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by pypiko | 2016-08-04 11:39 | その他